トイレのふたについて。

 

ゆきと翔隼のゆきです。

 

 

前置きをすっ飛ばして本題へ入ります。

 

これは愚痴でもありますが、

翔隼くんはトイレのふたを閉めません。

 

 

 

 

 

我が家には洋式のおトイレがあるのですが

わたしが入るときは必ずパッカーン。

 

男の子のおトイレの後状態に

なっているわけです。

 

 

 

 

 

本人に言って直してもらおうかとも

思ったのだけど、

 

シンプルに

「わたしが閉めればいい話だな」

という結論にたどり着き

 

毎回パッカーンを閉めているわけですわ。

 

 

 

 

まだ愚痴はありまして、

翔隼くんは靴下を洗濯カゴに入れません。

 

入れる時もあるので、

5:5といったところでしょうか。

 

 

 

 

 

これは本人に伝えたことがあるのですが

 

「いや、それくらい

気づいた時にわたしが入れたらよくね」

 

ということで、その後一切

「靴下入れてよ〜」は言いませんでした。

 

 

 

 

 

なんか夫や彼氏のイライラする言動で

靴下置きっ放しとかよく聞くけど

 

それぐらいやっちゃえ、

って思っちゃう。

 

 

 

 

 

 

怒ったり、人の癖を変えることの方が

 

変わる人も変えようとする人も

めっちゃエネルギー使って疲れるじゃない

 

一瞬わたしがフォローするだけで

気持ちよく過ごせるなら良くない?

 

って思う派です。

 

(もちろん、時と場合によります(笑)

許せない時も往々にしてあります。)

 

 

 

これはちょっと違う話だけど。

 

なにか困った凹みがあった時

その凹みを埋めようと、

 

要は、“変えよう” とすることも

解決策のひとつだと思うが

 

その凹みが輝く場所へ

(又は気にならない場所へ)

移動させるのもひとつだと思う。

 

 

 

 

人より何かできなくて

何度やってもうまくいかないことがあって

 

っていう状況(特徴)を脱しようと

変わらなくても

 

輝く方法はあると思うよ。

輝くポジションがあるはず。

 

 

 

 

あ、もちろん “変化” を求めるなら

それに対して動いていけばいいと思う。

 

ただわたしは、

 

それしか選択肢を持っていなかったとき

苦しかったから

 

選択肢は持っておこう、という教訓。

 

 

 

 

 

なんだか抽象的で分かりづらいが

随時更新していくってことで(笑)

 

おしまい、

 

 

 

 

 

ゆき

 

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